第二章　中世の神門

第一節　守護と地頭

鎌倉幕府の成立

　鎌倉幕府は、源頼朝が平氏追討の後、東海道の交通の要地に当たる鎌倉の地に幕府（近衛大将の居館）を開いたことに発するが、その時点は数説あって一定していない。おおむね二八〇年～九〇年の期間と思われる。
　彼が、この全国平定の拠点を東国に置いたねらいは、長年の平安京を中心とする公家勢力から距離を置き、執権政治のもとに広く全国各地に武家勢力を浸透させることにあった。その制度改革の主軸に、守護・地頭の任命制がある。
　文治元年（一一八五）、源義経が頼朝追討の院宣を後白河法皇からもらったとき、頼朝は逆に法皇にせまって義経追討の院宣を出させ、これを機会に諸国に守護・地頭を任命する権利と、反別五升の兵粮米を徴収する権利とを承認させた。

　守護の任命

　守護　原則として一国に一人をおき、おもに東国出身の御家人から任命した。その職は世襲されることが多く、また一人で数カ国の守護を兼ねるものもあった。
　守護の任務は、国内の御家人たちを指揮して治安維持と警察権を行使するとともに、戦時における国内武士の指揮にあたることであったが、とくに大犯三力条とよばれる大番催促・謀反人・殺害人の逮捕は重要なものであった。
　守護は、また幕府の地方行政宮でもあった。守護が置かれても、国司は依然として地方行政に当たっていたが、その実務は現地の豪族である在庁宮人によって行われていた。
　そこで、守護は在庁官人への命令権を行使して、次第に国衝（国司が治める土地）の支配を進めていったのである。
　守護にはその任務に対する特別の報酬は無かったが、彼らは地頭を兼ね、地頭としての職務を行うことによって上がってくる収入に依存するのが普通であった。

　［詳説日本史研究・笠原一男著・一九六五・山川出版社刊］

出雲守護佐々木氏

　出雲守護の初代・佐々木義清が就任したのは承久の乱後（一二二一）のことで、嘉禄元年（一二二五）出雲守に、さらに翌々三年に隠岐守に任ぜられたと言う説が有力である。（初代以前は不明）
　佐々木氏は、宇多源氏佐々木氏の流れで、頼朝の挙兵以来源氏方として活躍した秀義とその子五人（義清、高綱ほか）は、頼朝に厚遇された。義清の守護所は確証はないが、古くから富田（広瀬町）にあったらしい。
　当地方との縁故は、四代守護職・頼泰（義清の孫）が弘安年間（一二七八～八九）に塩冶郷大廻城に守護所を移し、塩冶氏を名乗った。（大廻城については、異説あり）
　この時、守護職を分離して、隠岐守護は兄の時清に任せ、富田城を弟の義泰に任せ、出雲西部の強豪出雲国造や朝山氏に対応するため、本拠を西へ移す必要に迫られたものであろう。塩冶郷はもともと佐々木氏の所領であり、穀倉出雲平野の一角を占める経済的軍事的の重要地点であった。（この説、藤岡大拙考）
　後年、佐々木義信（頼泰の弟）は古志郷の地頭に封じられて古志氏を名乗り、さらに、その第三子、貞信が保知石地頭に封じられて保知石氏を名乗ることになるが、これについては後述する。
　なお、その後、出雲守護は、六代・高貞（塩冶判官）が自害（一三四一）した後、佐々木高氏（道誉）　さらに山名時氏の統治を経て、次第に守護代（在地土豪）による領国支配が続き、遂には守護代から戦国大名へ台頭した尼子氏（経久が山陰山陽十一カ国の大守となる－一五二一）によって消滅させられた。

地頭の任命

　地頭　鎌倉・室町時代の職名。平氏政権下でも職名としては存在したが、文治元年（一一八五）、源頼朝が全国の公領・荘園に設置の勅許を得て制度化された。東国の御家人で開発領主・下司などが補任され、年貢徴収・検断・下地管理などほぼ下司クラスの権限・得分を継承した。
　地頭はその職権を利用して在地支配を強化し、地頭請・下地中分などを通じて荘園領主や荘民を圧迫したため、「泣く子と地頭には勝てぬ」といわれた。
　南北朝内乱期にかけて一円領主化に向かうが、守護の領国化の下にその被宮となるものが多く、以後、地頭という名は残存するものの国人とよばれ、実体的意義は失われた。

　　　　　［大日本歴史用語辞典・一九七九・棺書房刊］

知井社地頭

智伊宮地頭の名が文献に登場するのは、宝治二年（一二四八）出雲大社造営が完成し、その遷宮式に流鏑馬（騎射競技）神事十五番の内、第十四番手として登場している。
　　「第一番在國司朝山右衛門尉勝部昌綱、第二番守護所隠岐二郎左衛門尉源泰清、………第十四番多久郷、合智伊宮佐香保宇賀郷地頭勧之……（合＝副）
　この時の姓名はわからないけれど、地頭職は存在していたわけで、さらにこの二十余年後には、人名と所領が明記されている。
　　「智井社地頭片山二郎入道田積二十町五段六十歩　（文永八年・一二七一出雲大社文書）
　片山氏は関東地方から来た下級武士の子孫で、剃髪した仏法信者か？（知井宮村史・浜村台次郎考）については確かではないが、地頭の発生と東国の御家人の地方下向を結びつけられぬこともなかろう。
　その城は今の氏神山にあって、頂上に本丸と二の平の城構えがあり、本丸の南と北とは山腹を削り落とした「切岸」の防壁となっていた。前面の「大手口」は、後年の鉄道開通・駅建設（一九一三）の折、ここから山土を搬出したらしい。
（注）氏神山＝知井宮町一二四五番地にあり、この山の南側に、智伊神社が多聞院附近から遷宮（一七五七）している。
また、その居館は、今の天理教陽気分教会（知井宮五六四番地）北側付近で、土囲の外周と思われる掘跡が残っていたらしいが、その形跡はなく、「どいやしき」の地名を留めているのみである。
　片山地頭の終末は不明であるが、後世、尼子および毛利氏の家臣であった高瀬城（斐川町・荘原）城主・米原氏が帰農（関ケ原敗戦による減封、一六〇四頃）してこの地に住み、屋号を「土居」と称した。

古志地頭

　出雲・隠岐守護職であった佐々木泰清（一二三九以前～七八頃）の第九子・義信は、神門郡古志郷の地頭に封ぜられて、居城を浄土地山に構え、古志氏と改姓した。その際、守護家の所領である古
志郷の二十八町六段十八歩を与えられたが、およそ鎌倉時代の中期、建長年間（一二四九～五五）の事柄と推定される。［杵築大社遷宮式注進状、泰清の項］
　この浄土地山（標高四七㍍、八㌻・参照）は、神戸川の平野出口を抑え、神門水海からの平野進入を防ぐ地の利を占め、背後には宇賀の池が自然の堀の役目を帯びた要害の地で、また、古志氏の居館は神戸川の旧自然堤防上で弥生時代の遺物散布である田畑遺跡（七㌻・参照）一帯にあって、四周に外廓（小土手・築地）を築き、その上に塀を作り外側は塁壕で囲み防備をし、邸内には多くの建物があったらしい。
（注）　妙蓮寺は、古くはこの居館辺にあったが、十間川開削（一六八七）を機に、現在地・浄土地山へ移り、以後、妙蓮寺山と称している。（三〇三㌻・参照）

古市と大門

　古志氏の居館の北、西側には、家臣団の武家町があり、さらに北方の（石州）街道沿いに点々と商家が並び、いわゆる日切市（特定の日に開設する市場）として、弘法寺の東西に「八日市」、「三日市」が開かれていた。
その取締には武士が当たり、三日市の西端には警備用の門を構え陣屋（詰所）　が設けられたらしい。「大門」　（高見謙次郎家）の屋号は、その名残である。
　「大門といふは、昔時古志浄土地山之古城に佐々木氏居城之砌、上分町通り輪より下分中町通りは武家町にして、上分八日市より下分三日市を通して商家あり。西の尾に堅めの陣屋大門あり。長谷川左衛門行盛是を預る。依って長谷川屋敷とも言伝わる。」　　　［高見家文書、一六八〇年代？］
（注）　この古市が当地方最古のもので、後世、神門郡の郡家が塩冶へ移された頃（？）からは弓原の市場が栄え、さらに今市が新興の市場（一四五一以前）として今日まで隆盛している。［出雲今市町誌・参照］

古志氏その後

古志地頭第二代（宗信）、第三代（高雅）は、足利尊氏（室町幕府初代将軍）に味方した功によって領地を広め勢力を伸ばしたので、城下町は栄えたが、軍略上の必要からか、元弘・建武年間（一三三一～三五）にさらに南部の栗栖山（標高一三四㍍）に移城している。後年、尼子全盛期には「尼子十旗」とし活躍したが、やがて毛利方に降伏し、元亀年間（一五七〇～七二）に稗原の十蔵（戸倉）に再度移った。この時の第十二代（重信）は、毛利の配下にあって第二次朝鮮侵略（慶長の役、一五九七）の救援隊として出兵したが、関ケ原合戦（一六〇〇）で敗れて以後は消息不明となった。

保知石地頭

　古志地頭・義信の第三子・貞信は、保知石地頭に封ぜられ城を高城（標高一〇○㍍）に構え、保知石氏と改姓した。長兄・宗信および次兄・家秀の事績から察して、およそ元弘、建武（一三三〇代）の頃と思われる。
　城構えは、間谷と保知石堺にそびえる天険の要害に位置して、周辺には間谷池や浅柄池を配し、また背面には北光寺を控えて本丸、二の丸、矢倉等を設け、二の丸には　「政所」（民政をつかさどる役所）を置いた。その規模は、小地頭の山城としては大形であったが、おそらく、古志地頭の西方防備拠点としての役目を帯びていたのであろう。
　なお、居館は嘉儀の西部（現・JR西出雲の南）　「城之元」と呼ばれた地点で、西側に武士たちが射的の稽古をした「的場」があった。居館より城山へ通う途中、保知石川に架かる大橋を渡っての往来は盛んであったと言う。
（注）1、この一帯に、北光寺、高城、政所、城平、的場等の地名が残っている。
　　　2、博奕池の伝説
間谷池（古名は止屋地）は一名を博奕池（俗にばくち池）と称し、神西辺の伝説によると、高倉山（神西）の殿さんと高城の殿さんが博奕を打ち後者が負けてこの池を取られたと言う。

　　　　　戦国時代の初期（一四七〇頃）地頭たちが遊興的に土地を懸けたことも想像され、池を取られたと言うのは池水権および池掛りの田畑を譲り渡したものと解される。

芦渡地頭

　『薗林木地頭職並に芦渡郷内門田三町屋敷一所將軍家政所下可令早小野又次郎日置政吉領知（以下略）正応元年十一月廿一日』　（一二八八・日御碕文書）芦渡郷の一部分は、初め日御碕神社宮司の所領であったらしい。小野又次郎は以前から地頭であったようだが、元寇（元の来襲、一二七四、一二八一）の頃に京都の警備に就きその功労によって、外園妙見地頭となり芦渡も領したと思われる。右の文書は、将軍惟康親王の下文の部分で執権・北条貞時の連署がある。
　芦渡の他の部分がだれの所領であったかは、不明である。

東谷地頭

「ひがしだに」でなく「あずまや」と、関東語で呼ぶのは珍しい。
　雲陽誌（一七一七、松江藩刊）には、『古塁　　山頂まで麓より八丈ばかり城主しれす、一株の老松あり』（注・八丈＝約二四㍍）と記されているが、中富屋（山本俊二家）と禿（原　正雄家）の北側の小山（禿山）のことで検地帳にも「城山下」と記されているらしい。
　また、やや南方に「殿の奥」、「くわん垣内（館垣内？）」、
「ごう堀」等の地名が残っていて、（関東下向の）地頭か部将かの砦と居館を想像させるが、ナゾの存在である。